ジャパンブルー 藍の花
阿波600年の伝統を今に、継ぐ...天然藍染の世界


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阿波藍600年、悠久の時空を越え、藍は生き続ける・・・
季節を感じ、自然と言葉を交わしながら
藍の里には長い熟成の時が流れてゆきます。
藍は海の色、藍は空の色。
遙か果てしない昔から地上に現れた幾多のいのちが
その中で育まれてきた美しい、生命の根源の色−。
吉野川流域の、清らかな水と穏やかな空気に包まれて、
阿波藍の、深く澄んだ「ジャパン・ブルー」が醸しだされます。
心の奥に染み通る、そして豊かなぬくもりを持つ、魂の色です。

(タペストリー:芳賀信幸作「天空」)


天然藍の誕生は紀元前2000年。古代エジプトの時代と言われています。藍が日本に伝来したのは、遠く飛鳥時代(538年〜645年)のおよそ1400年前のことで、「藍」は4000年の長い年月を経て、今に伝わっています。
 藍染めの原料である蓼藍(たであい)が、中国から日本に来たのは室町時代です。とりわけ阿波(徳島)吉野川流域は、蓼藍の生育に適した肥沃な土地として栽培が進められ、近世中期には阿波25万石、藍50万石と謳われたほどの富をもたらしました。1585年(天正13年)初代徳島藩主の蜂須賀家正が、蓼藍作りを保護奨励して、徳島藩はもちろんのこと、その後全国に藍染めが広がりました。明治8年にイギリスの化学者アトキンソンが来日した折、「ジャパン・ブルー(日本の青)」を一番最初に提唱し賞賛しました。また明治23年に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も、「この国日本は、神秘なブルーに満ちた国」と絶賛したのです。
 1880年ドイツ人の手による化学合成の青色成分の開発により、天然藍は急速に衰退し、藍の栽培も細々としか行えない事態を迎えました。苦難が続いて昭和40年代には、阿波藍の栽培面積は三町歩にまで縮小されて、絶滅の危機に瀕しましたが、徳島県が伝承技術の継承と育成を目的に保護奨励策を進めた結果、今では栽培面積20町歩に90軒の農家が藍の栽培をしています。
 こうして天然素材を使った江戸古来の伝統の技法を受け継ぎ守るために、今も脈々と藍が栽培され、藍師たちが熱い情熱を傾けて、古来からの伝統技法にこだわりをもって今日に至っています。
 「天然藍匠同人」が主体となり、「自然発酵建」の伝統技法の元に、天然藍の振興と伝承を今に伝えています。
長い年月で育まれた藍は、その生活体験の中からさまざまな効用が認められています。
1.薬用
 藍葉や、藍種は、ふぐ中毒の解毒に、また解熱用として感冒薬として使われました。藍種・藍葉は、煎じて飲めば健康増進に良いと言われています。

 歴史的に見ても、正徳2年(1712年)の「和漢三才図絵」の序の中に、藍の実には諸毒を解し、五臓六腑を整える薬効効果があると記されています。そして昔の旅人は、藍葉を持って旅し、食あたりや熱冷ましに用いていました。
 藍の葉から取った藍茶は、飲用すると健康に役立つ効果が実証され、中国では食道ガンの特効薬として使われたという記録が残されています。
2.防虫
藍で濃く染めた布や紙は虫を寄せつけないと言われ、ヘビなども近寄らないために、野良着やモンペ、足袋など仕事着に藍染めが用いられました。藍染めのきものをタンスに入れておくと、ナフタリンは入りません。あせもやかぶれ、皮膚病にも殺菌効果があり、藍染めの下着や靴下が重宝されています。こうしたことから、昔の装束や大切な教典なども、藍で守られ、今に残っているのです。
3.消臭・保温
藍染めの下着を着ると汗臭さが無く、しかも温かい。肌荒れを防ぎ、冷え性にも効果的と言えます。むかし武士達は戦場に行くとき、下着は藍染めであったのも、古来から藍の持つ効用のゆえであります。
4.生地を強くする
藍染めは糸を強くすると言われています。昔の火消し装束、よろい、かぶとの紐、剣道着、等に藍染めが用いられました。
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